実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は短く,しかも,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。  私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくはありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言 135】

「人々が真理に同意しないのは,何よりも彼らがその真理の提示される形式に侮辱を感じた場合が多い。」(『文読む月日(上)』,トルストイ,北御門二郎訳,筑摩書房

 

◯簡単明瞭なものは軽んじられやすく,真理もその簡単明瞭さゆえに軽んじられやすく,なかなか同意の得られにくいものですが,自分の生き方や自分の考え方を強く否定される形で真理が提示された場合には,同意する気持ちはますますなくなってしまいます。真理というものは,機が熟し,それを受け入れる心の準備が整うまでは,納得し,得心することの難しいものなのかもしれませんが,それを提示する際には,少なくとも,相手を見下し,その生き方や考え方を小馬鹿にしつつ,断定的に行うのではなく,相手を尊重し,その生き方や考え方に敬意を払いつつ,控えめに行うことが望ましいのではないでしょうか。(2020年7月3日)(前書き)(17)関連