実り多い幸せな人生を送るために

真に人間らしく実り多い,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送るために

 人生は,すなわち,私たちがこの世の中で生きることのできるチャンスは,たった一度きりです。せっかくなら,生きる喜びや希望に満ちた幸せな人生を送りたいものです。そして,できることなら,幸せなだけでなく,真に人間らしく実り多い,自分にとってのみならず他者や社会にとっても有益な人生を送りたいものです。    私たちの土台を築いているのは,過去の経験,さらに言えば遺伝です。また,私たちが環境から受ける影響もけっして小さくありません。しかし,それらによってすべてが決定されてしまうわけではありません。私たちは過去の経験や遺伝や環境の奴隷ではありません。私たちには自由意志というものがあるのであり,過去を変えることはできませんが,現在や未来は自分の意志によって変えることが可能です。また,環境を自分の思い通りに変えることはできませんが,自分を変えることは自分の意志次第です。どのような過去を持とうが,どのような環境に置かれようが,人生を自分の努力によって切り開いていこうとする強い意志さえあるなら,実り多い幸せな人生を送ることは誰にでも可能であると私は信じています。皆様の人生が,実り多い幸せなものでありますように!                                                   *なお,このブログの内容のほとんどは,電子書籍(Kindle版『実り多い幸せな人生を送るために』)の形で御覧になることもできます。

【実り多い幸せな人生に関する名言 45】

「大方の人間が動物と違うのは,満ち足りることを知らず,次々に欲望を膨らませようとするところにある。・・・市場経済原理が万能の昨今では,「経済成長」の掛け声の下,人為的に夢を掻きたて欲望を膨らませる技術も,凄まじい発達を遂げた。」(「日々是好日」(『文藝春秋 新幸福論 本当の幸せとは?』所収),小平桂一,文藝春秋

 

◯欲望は生の証(あか)しであり,それを満たそうとすることは生物にとって自然なことです。しかし,人間の欲望は,必ずしも本能に基づくものではないだけに,放っておけば際限なく肥大化しがちであり,肥大化に意識的に歯止めを掛けなければ,満ち足りるということができなくなってしまいます。そして,挙げ句の果てには,不平不満ばかりを募らせては自分は不幸であると思い込むようになり,他者を妬んだり,他者を恨んだり,不運を嘆いたり,運命を呪ったりするようになってしまいがちです。経済成長というものが人間の欲望を肥大化させること抜きには不可能なものであるとしたら,私たちは経済成長を手に入れるために自分たちが幸せであることを犠牲にしていることになります。経済成長というものは,本当に私たちが幸せであることを犠牲にしてまで手に入れる価値のあるものなのでしょうか。(2020年4月4日)